「 悪ガキども嫁を見に行く、あるいは小十郎のFlying 」


「なー、梵、小十郎なんか最近おかしくない?」
未だ元服を迎えていない一つ年下の従弟で伊達実元の嫡男・時宗丸がそう言ったのは、午後の茶の時間まではまだ間があるころだった。
「梵じゃねぇ、政宗だ」
「え〜梵は梵じゃん?“まさむね”って二文字多いし面倒くさいよ」
「お前なぁ」
予想以上の従弟の無精ぶりに政宗は呆れてみせる。
「そんなことより小十郎だよ」
「Ah,変だって?」
「なんていうか、ぼーっとしてること多いし、前より小言減ったし、たまににやついてるし変。……っていうかちょっと気色悪い?」
小十郎とは少々縁遠かった形容の仕方に政宗はぶっと吹きだした。
「笑うとこじゃないでしょ。なんか変な病気だったらどうすんだよ」
とはいうものの、時宗丸の方もやや真剣味が足りない。
「まー病気っていったらそうかもなー」
「まじで?!」
冗談めかして言った政宗の言葉に時宗丸が青ざめる。その様子にゲラゲラ笑って政宗は続けた。
「なんつーの、恋の病ってやつ?」
「は?こい?庭の鯉でも生け作りにしてあたった?」
「バーカ、惚れた腫れたのほうだよ」
「えっ……」
時宗丸にとっては恋、のほうが小十郎と結びつかなかったらしい。
「見合いしたんだよ、小十郎。祝言あげるそうだ」
「えーお嫁さん?!めでたいじゃん!あー、心配して損した」
時宗丸は息をついた。
「実元の叔父貴のとこにも話はいってるはずだぞ」
政宗が指摘すると、時宗丸は腕を組んで首をかしげた。
「そういえば、母上と父上がそんな話してたかな。オレ、飯食ってたからわかんねー」
だめだこりゃ、と政宗は天を仰いだ。そんな従兄にめげず、時宗丸はずいと政宗に顔を近づけた。
「ね、美人なの?」
問われて、政宗は気づいた。
「そういや、会ったことねぇな」
すると時宗丸はがっかりしたようだった。
「なんだぁ。でもあの小十郎がにやける女の人ってどんなだろうね」
「あー大町の検断職の娘だっつーのは聞いた。矢内重定の娘だと」
「知らない」
「だろうな」
政宗はうーん、と重定の顔を思い出した。
「親父はまぁ、フツーだな。アレの娘となると、やっぱフツーなんじゃねぇの」
「でもそれって梵の想像だろ。すげー美人かもよ。あ、でも小十郎が惚れるくらいだからものすごい大女だったりして。んで、喜多より強いの」
「そりゃ……おっかねぇな」
想像して二人で身ぶるいして、無駄に青ざめる。
ぞくりとしたものが収まった後、政宗はしばし思案した。そして悪だくみを思いついたような顔になる。
「……見に行くか?」
「え。……うん」
政宗の提案に少し驚いて見せた後、時宗丸も従兄と揃いの顔をした。
「よし、こっそり行って帰ってくるぞ。いつものところで待ち合わせだ。誰にも見つかんなよ」
「わかった」
かくして本日も脱走常習犯二人組は、手習いも稽古もほっぽり出して本日も悪びれることなく脱走を決めたのだった。


「蔦様!」
家の門をくぐったところで女中に呼び止められた蔦は立ち止まる。
「はい?」
「申し訳ありません、もうひとつだけお願いが」
「いいわ。お使いはいつものことだもの」
すると女中はため息をついた。
「本当なら祝言までのんびりしていただきたいのですが……」
「そのために皆忙しいのだもの」
蔦は屈託なく笑って言う笑う。
「準備のほとんどは母上や片倉の方がやってくださっているし、衣装の合わせが終われば時間は余るし……動いているほうが気が楽よ」
「そうですか……。ではくれぐれも、お気をつけて」
蔦は頷いて、歩きだした。
……それを物陰から見つめる目玉が四つ。もちろん政宗と時宗丸である。
「はー。あれかー。美人だな」
時宗丸が言うと政宗がうーんという。
「そうか?中の上くらいだろ」
「梵は相変わらず厳しいなぁ。自分が男前だからって」
「ま、小十郎にはアレくらいでいいんじゃねえか。むやみにbuautifulでも反感買うだけだ、アイツの場合。家の釣り合いも取れてるし」
そう言って、政宗と時宗丸は物陰から飛び出した。
「さて、ちょっくらついてってみるか」
「おう!」


かくして物陰に隠れながらの尾行がはじまった。とはいえ、まだ子供の背丈の二人があちこちに隠れつつ通りを動いても大人たちは「あれ、どこぞのお坊ちゃんが遊んでいらっしゃる」と思われるだけなのではあるが。
蔦は金継屋で器を一つ引き取り、小間物屋で簪を眺め、反物屋でなにやら話をして、途中の店に何やら書きつけた文を渡した。
「ほんとにお使いだなぁ」
時宗丸がぼそりとそう言った時だった。不意に蔦が後ろを――つまりこちらを振り返った。
「やべ、隠れろ」
「わっ」
政宗は物陰に時宗丸を押し込めた。
「見つかった?」
「Be quiet!」
二人はお決まりのやり取りをして、もう十分だというころにそっと物陰から顔を出した。蔦の姿はない。
「行っちゃったかな」
「みてえだな」
そうして物陰に身を戻した時だった。
「何か御用かしら」
柔らかい声が背中に掛けられて、二人は文字通り飛び上がった。
「おわ」
時宗丸が勢いで尻餅をつく。
「まあ」
蔦はそう言って転んだ時宗丸に駆け寄って手を差し出した。彼は照れくさそうにその手を借りて起き上がる。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
時宗丸が律義に頭を下げると蔦も会釈する。その角度が綺麗で、政宗はほうと一瞬見惚れた。すると、蔦は今度は政宗を見た。まっすぐな目に捉えられて、思わず政宗は背筋を伸ばす。蔦が首をかしげた。
「……、伊達の若君?」
「どうしてわか……あ、眼帯か」
「それとお召し物も」
ふわりと蔦は笑って見せた。
なるべく派手ではないものを選んできたつもりだが、わかるものには判ってしまったらしい。年相応の詰めの甘さだが、政宗は内心自分自身に肩を落とした。
「それではこちらは……」
「実元叔父貴の息子だ」
「では時宗丸様ですね」
呼ばれて、時宗丸は照れたようだった。
「知ってるの?」
「もちろんです」
「叔父貴が有名なだけだろ」
政宗の指摘に蔦は苦笑し、時宗丸はなんだーと軽くすねて見せた。
「で、アンタは矢内のところの娘さんでいいんだよな」
「ええ。蔦と申します」
と再び蔦は頭を下げた。顔をあげると、蔦は不思議そうに言う。
「それにしても、お二人ともここで何をしておいでなんですか?」
媚びるようにではなく、ごく当たり前に聞いてくる。政宗はなんだかそこが気にいった。
「Ahー,それはな」
政宗は言い淀む。正直に言ったものかどうか。別段隠すことでもないような気がするが。
「小十郎のお嫁さんがどんな人かと思って」
その間に時宗丸が正直に答えてしまった。政宗はガリガリと頭をかく。
「まあ。それだけのために?祝言の後なら呼びだすだけで十分ですのに」
「それじゃまだ先だからな」
政宗がそう言うと、左様ですか……と蔦は不思議そうに言った。
不思議そうな表情をおさめると、不意に蔦はすっと背筋を伸ばした。
「さて、お二人とも、このようなところにいらっしゃってはいけませんよ。お送りしますから、お城へお戻りください」
蔦の表情がわずかに厳しくなって、二人は目を見開いた。
「せっかく出てきたのに〜」
時宗丸がそう言ったが、蔦は断固として首を振った。
「いけません。城下は意外に危険なんです。さ、あちらがお城ですよ」
意外な押しの強さに思わず負けてしまい、二人は城へ向かって歩き出した。素直に従った二人にそっと息をついた蔦に政宗は気づいて、内心で「なにやら小十郎に似ているようだ」と思ってしまった。


遭遇から認識までが速やかで、伊達の若君とその従弟に遭遇しても、どこか泰然としていて慌てるでもなく媚びるでもない。そして二人を道理に正しく城に帰そうとする。しかもただ帰れというのではなく送っていくと言い、歩くときは三歩と言わないまでも二人が視界に入るように後ろを歩く。
政宗は蔦を観察していた。成程小十郎が気にいるわけだ、と合点がいった。おそらく彼女なら烈女・喜多とも上手くやっていくだろう。政宗が納得と安堵をしていると、腹の鳴る音が傍らから聞こえた。
「……時宗丸」
「あー……お茶の時間、もう終わってるよねぇ。守らなかったら喜多なーんにもくれないよ」
言われて政宗も空腹を思い出した。喜多はそこら辺は厳しいのである。厨にでも忍び込むか、と思ったところで蔦から意外な提案がなされた。
「少しそれたところに茶屋がございますよ。少しだけなら、仕方ありません」
その言葉にがばと二人が振り返る。
「ホント!?」
「ええ、でも食べ終わったらすぐに」
お帰りになってくださいね、との蔦の言葉を背に二人は示された方向に走り出した。茶屋につくと、顔を出した主人が客に向けるのとは少し異なる笑みを蔦に向けた。
「蔦ちゃん、嫁ぐんだってねぇ。おめでとう」
「ありがとうございます」
どうやら知り合いらしく二人は言葉を交わしている。その間、政宗と時宗丸は行儀よく待っていた。
「おや、弟さんかと思ったら違うようだね」
妙に行儀のよい二人に気付いた店主が言う。蔦は笑って言った。
「遠縁の子で」
どうやら機転も利くようだ、受け答えも早い、と政宗は感心する。
「そうか、遠縁か。うちの団子は美味いよ。ちょっと待ってておくれ」
言うなり店主は店の奥へ消えた。


そして蔦をはさんで政宗と時宗丸の三人は並んで座った。
「蔦は小十郎のどこら辺が気にいったんだ?」
「え、片倉様ですか?」
「なんだよ、まだ『片倉様』呼びかよ。つまんねぇなぁ」
そんな政宗に、蔦は真面目くさって言った。
「祝言までは片倉様、です。そうですねぇ……」
続けて蔦が顎に手を添えたので、政宗と時宗丸は身を乗り出した。うーん、と蔦が唸る。
「お野菜の話ができたことでしょうか」
「……は?」
少年たちがとたんに間抜けな顔になる。
「今までの方は、和歌とか、私の着物の話ばかりで。和歌も嫌いではありませんが、お野菜と比べればお野菜の方が好きです」
「……そ、そうか」
なんとか答えた政宗の横で、時宗丸はあんぐりと口を開けている。
「ええ」
にっこりと笑う蔦に――参考にはならなさそうだな、と政宗は苦笑する。そんな間に団子が出てきて、三人は取り留めもなく話をした。茶は少し濃かったが、団子は店主の言うとおり美味かった。勘定の段になって、蔦が懐から財布を取り出そうとするのを政宗は制した。
「Wait.ここは俺がもつ」
「ですが……」
「女に払わせちゃ男が廃るってもんだ。おっと時宗丸、お前は自分で払えよ」
「えーっ」
「お前はprideってもんがないのか?」
「ぷらいどは知らないけど、オレ銭持ってないもん。っていうか年下にも奢ってよ〜」
「そもそも持ってねーのかよ……しゃーねーなー」
だって茶屋によるなんて思ってなかったし……とブツブツ言う時宗丸の分も店主に差し出す。釣りはいらねぇ、とカッコつけると店主が苦笑いした。店を出ると、蔦が「ごちそうさまでした」と深々と頭を下げる。
「小十郎の嫁さんになるんだ、団子くらい安いぜ。アイツはworkaholicだからな」
苦労するぜ、と続ければ蔦は笑う。その笑みに、なぜかこの人なら大丈夫と思う政宗であった。

2010年9月8日初出
2010年9月11日改訂

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