縁談


「ふぅん、rareな女じゃねーか」
翌日、見合い相手に諭されたことを言えば政宗は感心したようだった。
「そこまでわかってんだったら逃がさねえ方がいいな」
「逃がさないなどと。蔦殿はこの小十郎にはもったいないかと」
「chanceを逃がす馬鹿がいるかよ。お前にとっていいってことは」
政宗はぐいと小十郎に顔を近づけた。時折、この若い主は妙に老成した表情をする。
「他の野郎にとってもイイモンだってことだ。you see?」
「――……」
「……、まあ今まで縁談断ったやつは馬鹿だってことだ。お前はどっちに入りたい?」
言われて小十郎は眉間にしわを寄せた。



お前がdateしてくるなら、午後はちゃんと稽古も手習いもするぜ――妙に張り切っている若い主に半ば放りだされて、小十郎は城下への道をてくてくと歩いていた。「でぇと」の意味がやや図りかねるが、「蔦と会ってこい」ということだと解釈して矢内の屋敷を目指す。
――着いたところでどうしたらいいのやら。
そんなことを考えているうちに矢内家についてしまった。門をくぐれずにその前をうろうろする。
――待て、これでは完全に不審者だ。
自分の強面を思って立ち止まるも、はてどうしたものやら分からない。そんな時、何やら明るい声が門の内側から聞こえてきた。ますます慌てるもののどうしていいかわからない。
結局「行って参ります」という声の主と鉢合わせすることになってしまった。
「片倉様」
着飾っていない蔦を見るのはもちろん初めてだ。見るからに働き者という格好で、手には文らしきものを持っている。先日の席の蔦はもちろん美しかったが、小十郎はむしろこちらの飾り気のない姿の蔦に目を奪われた。
「父にご用ですか?」
「いや……」
屈託なく的外れなことを言われてしまい小十郎は内心肩を落とした。それでも気を取り直して、聞いてみる。
「どちらに?」
「お使いです。家のものが忙しいので、お文を届けに」
「……」
そこでピンときた小十郎は少し早口で言った。
「ご一緒いたします。検断職のご息女をひとり歩きさせるわけにはまいりません」
「ご息女、なんて。すぐそこですよ?」
「いえ、いけません。参りましょう。どちらですか」
強引に言えば蔦は観念したらしい。引き際を心得ている人だ、と小十郎は好ましく思って頭を振った。
「片倉様?……よろしいですか?こちらです」
並んで歩けば、歩幅が違う。小十郎は蔦の小ささを初めて自覚してゆっくり歩いた。背中まで伸びる黒髪はつややかで、動いても邪魔にならないようにひとつに縛っている。横顔がきれいだ、と盗み見るようにすれば、何故か目が合い蔦がほほ笑むので慌てることが数度あった。
文を届け終わったところで策が尽きた。ただ、これまでも特に何か話をしていたわけではない。こういうときは甘味所に行くのが常だろうかと思って口を開こうとすると、蔦に先手を取られた。
「少し歩きませんか」
甘味所よりはそちらの方が気が楽で小十郎は一も二もなくうなずいた。



蔦が選んだのは、城下の町から少し離れた田んぼと畑の連なる道だった。
「人の多いところは少し苦手で」
そう言う蔦としばらく無言で歩く。不思議と苦痛ではない沈黙だった。
「片倉様、何かお話があったんでは?」
言われて蔦を見れば、珍しく目が合わなかった。
「いや、……政宗様が会ってこいと」
馬鹿正直に言ってしまい、さすがに小十郎も後悔した。遊び女ならともかく、こう言う状況は初めてだ。どうしていいかわからない。くす、と蔦が笑う。艶然としているのではなく、どこか素朴な笑顔を見ると目が離せなくなる。
「片倉様らしい」
「あ、いや……」
「すみません、先日会ったばかりの方に」
「いや」
――単語しか話せなくなっちまったのか、俺は。
そう独り心の中でごちて、ため息をつく。
「片倉様、破談のお話ならなれております。父には私からなんとか伝えますので――」
「違う!」
反射的に腹の底から出た声に蔦も自分もびっくりして、時が止まる。目をぱちくりさせる蔦に申し訳なくなる。
「も、申し訳ない」
「いえ、一寸びっくりしただけで」
同時に二人でため息をつく。片方は安堵で、片方は自分への落胆だ。それにまた蔦が笑い、小十郎もつられた。蔦のかけ値のないその笑みに、ほっとするものがこみあげてくる。
「会ったばかりの方に、こういうのもなんですが」
小十郎は蔦と向き合った。改まった口調で続けるか考えて、小十郎は選んだ。
「俺は、政宗様のために死ぬ覚悟ができている。自分で死のうとは思わないが、求められれば死ぬ覚悟。家も己も顧みる気はない。もともと身一つ以外何もなかったからだ。そんな者を伴侶にすればロクでもないことになる」
蔦はまっすぐ見つめてくる。小十郎はしっかりと視線を返し、続けた。
「それでよければ、この話を続けさせていただきたい。もし、少しでもだめだと感じるのならそちらから破談にしていただきたい。不自由はさせないが、幸せにしてやるとは誓えない」
蔦は目を逸らさない。
「よく考えてほしい」
言えば、こくりと女が頷いた。



小十郎が好きな目がある。それは覚悟の座った目だ。蔦の目はまっすぐ小十郎を見返してくる。蔦のその目がそれだった。おそらく初めからそれに惹かれたのだろうと思う。幸せは誓えないが、不幸にもしたくない。断ってくれればいい、そう思いながら過ごした――数日後。


「おい小十郎、父上が呼んでるぞ」
政宗がやってきてそう言った。
「は?殿がですか?」
「そう言ったろ。俺にも来いとさ」
そう言って政宗は先に行ってしまった。慌てて筆を置き、足早に駆け付ければそこには政宗と輝宗、そして矢内重定がいた。
「――」
「小十郎、どうした、座れ」
輝宗に促されて小十郎は重定の真正面に座った。重定は真剣な面持ちをしており、小十郎は覚悟した。
「片倉殿」
「は」
「娘をよろしくお願いいたしまする」
「はい――は?」
深々と頭を下げた重定につられて頭を下げかけ、小十郎ははたと思いとどまる。やや混乱して輝宗の方を見やれば殿は笑っている。
「やれやれだぜ」
「これ政宗。はは、小十郎、どうやらアテが外れたようだな」
輝宗の笑い声に顔をあげた重定の顔も笑っている。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているのは小十郎だけだ。
「では蔦殿が――よい、と?」
「それ以外に何があるんだ」
「娘から文を預かっておりますゆえ」
重定の差し出したその文を開けて、眺めれば小十郎の表情は本人も気づかぬうちにゆるゆると変わっていく。政宗がその様子に瞠目して、父に言った。
「小十郎のこういう顔を見るのは初めてです」
「おお、儂もだ」
からからと笑う輝宗につられて政宗も声をあげて笑った。小十郎はそれに気づかず、飽くことなく蔦からの文を眺めている。



そこにはこうあった。
『覚悟は決まりましてございます。 片倉小十郎景綱さま つた』

(了)

2010年9月6日初出
2010年9月11日改訂

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