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変化
其の弐
翌日は珍しく暇を与えられたので、畑に出ることにした小十郎である。政宗の初陣もあったので、ここしばらくは土に触れていない。その間、はずれに住んでいる老爺に世話は頼んであるから、心配はないだろうがやはり気にかかる。
野良着に着替えて表に出れば、すでに同じく野良着になって髪を一つに束ねて手ぬぐいをほっかむりにした蔦がなにやら女中と話している。女中が小十郎に気付いて頭を下げて、勝手口のほうへと向かっていく。
「じゃ、行くか」
鍬を担いで小十郎が言うと、
「はい!」
と快活な返事が返ってきた。
畦道を行く間も、蔦は遅れてついてくる。並ぼうとは思わない。そういう女だ。蔦はざるをもっている。女中に頼まれたのか、自分でもって来たのかはわからない。そうこうしているうちに畑についた。
「片倉様! 奥さま!」
畑で老爺が呼ばわる。それに「応」と答えれば、蔦が畦道の脇にざるを置いた。
老爺がにこにこと語りかけてくる。
「お元気そうでよかった。奥さまから怪我をなされたと聞いた時はもう心配で心配で」
苦笑して大したことじゃなかった、と言ってふと見れば老爺の傍らに小さな女の童がいる。半身を老爺の後ろに隠すようにして、小十郎を見上げている。目が合えば慌てたように老爺の後ろに隠れる。
――ガキにとっては強面のままらしいな。
小十郎が昨日のことを思い出してさらに苦笑すると、老爺が困ったように言った。
「これ、片倉様に挨拶せんか。孫のお鈴と申します。奥さまに会いたいとせがむので」
するとお鈴と言われた童は隠れたのと反対側から顔を出した。
「……こんにちは」
「応」
それからお鈴は小十郎の後ろへ目をやって顔を輝かせた。
「おくさま!」
「まあ、お鈴ちゃん」
駆け寄ってきたお鈴に蔦は屈んで、頭をなでる。
その光景を不思議そうに眺めている小十郎に老爺が話しかける。
「奥さまにはよくしていただきまして。ときおりわざわざおいでいただいておったのです。
いつもやれ団子やらなにやらくださるのですが、先日大変可愛らしいお手玉をいただきましてな。お鈴が気に入って気に入って」
「ほう」
見ればお鈴はぴょんぴょんと蔦の前で跳ねている。蔦は目を細めてそれを優しく見守っている。
「片倉様は幸せ者ですな。ウチの娘はああも働き者ではございません。まったく、奥さまの爪の垢をいただきたいですな」
はっはっはっ、と笑う老爺に小十郎も相好を崩した。
知らぬ間に蔦は細々としたことに気を利かせる。老爺に畑ことを頼んだのは事実でもちろん蔦も承知のことだが、差し入れまでしているとは思わなかった。しかもどうやら屋敷からはずれの老爺の家まで自ら赴いたとみえる。女中か下男に頼めば事足りるだろうに、と思わないでもないが小十郎は悪い気がしない。
「おーい、じーさーん!」
そこへ、若い男の野太い声が響いた。小十郎が振り返れば見慣れた顔が四つほどこちらに駆けてくる。
「良直に左馬助、孫兵衛に文七郎じゃねえか」
駆けてくるのは小十郎の部下、年のころは年長でも政宗と2、3しか離れていない者たちである。
「お前ら、なにしてやがる」
小十郎が訝しんで聞くと、ぴしりと四人は整列してみせた。
「俺らも片倉様のお役に立つッス」
「頼んだ覚えはねぇぞ。休みならしっかり休んどけ。いざというときにいなくちゃ困る」
小十郎がやや眉根を寄せて言うと、ああ、という明るい声が響いた。
その声の方に四人が一斉に向き直る――明るい声の主は蔦だ。
「皆様お揃いで。いつもありがとうございます、お忙しいのに」
「いえ、蔦様めっそうもない!」
「お役にたてるなら!」
「あん?」
蔦に向かってさらにぴしりと背筋を伸ばした四人に小十郎はますます眉を寄せる。
ふと蔦を振り返れば、彼女はにこにこと言う。
「皆さま近くにご実家の畑があるとかで、いつも手伝っていただいているのです」
「そうか。そりゃ、助かる」
やや拍子抜けしたように小十郎が四人に向き直れば、でへへ、と言う感じで――蔦の方を向いて笑っている。
「……おめぇら、……」
言いかけて小十郎は無粋だとやめておく。
――手伝ってくれるなら、まぁ、いい。
せかせかと働く休日の部下四人にむしろ畑の方が動きがいい、と小十郎は観察しつつ鍬をうごかした。
蔦とお鈴はそこここの雑草をとっている。時折大きな石を掘り出して見せ合う二人に目を細めて、ふと視線を動かせば部下たちもそれを眺めてにこにこ――いや、にやにやかもしれない――と笑っている。小十郎がなにとはなしにそちらも眺めてしまうと、視線に気づいた部下たちは慌てて土と向き合い始めた。
「――……」
それを見て少々釈然としないものを感じながら、小十郎も土の方に集中した。
しばらく後――ふと、蔦と鈴の姿が見えなくなったことに気付く。あたりを見回してもどこにもいない。思わず鍬を置いて畦道に戻ると、あ、と近くにいた良直が言った。
「蔦さまならお鈴ちゃんをつれて一度戻られましたよ」
「戻った?」
そこへ、へへ、と笑ったのは孫兵衛である。
「片倉様、そろそろひと休みなんですよ。腹減ったなぁ」
「ああ、成程な」
「みなさまー!」
少し遠くから響いた蔦の声にそちらを見れば、なにやら大事そうに籠を抱えるお鈴と急須を手にする蔦がいた。
「ひと休みですよー」
「ですよー!」
蔦の言葉をお鈴が真似る。それを聞いて、まっ先に歓声を上げたのは部下四人である。
一同が畑の傍らの草むらに腰をおろすと、お鈴がそっと屈んだ膝の上に大事そうに籠を置いた。蔦がその上にかけてある埃よけの布をはずせば、現れたのは漬物と――なんとおはぎである。いつも休みの茶うけは漬物ばかりで、甘味は珍しい。そりゃあお鈴が籠を大事そうにするわけだ、と小十郎は得心する。それから出てくるとき、蔦が女中と何やら話していたのを思い出し、これか、とも思う。
「特別ですよ。小十郎さまがお戻りになられて初めて畑に出られましたから」
言いながら、ひとつおはぎをとりあげるとまずはそれを小十郎に渡した。小十郎が受けとると、次に老爺に渡して、お鈴から籠を受け取り、そのまま彼女へもひとつ渡す。お鈴が顔を輝かせる。それから急く孫兵衛に渡して、あとは並んだ順番に渡していく。
配り終わるとその順でまた湯飲みを渡し、籠と入れ替えるように持った大振りの急須から茶を注いでいく。小十郎はまず茶を口にして、ふと部下たちを眺めれば――蔦が急須と湯飲みに集中しているのをいいことに、おはぎに夢中な孫兵衛を除いた三名が鼻を伸ばしている。左馬助と文七郎はともかく、独特な髪型をした良直など、大変わかりやすくデレデレしている。湯飲みを口にあてたままじっとそれを睨みつけるように見ていれば、三人と目が合い、彼らは慌てて孫兵衛を真似ておはぎをほおばった。
「蔦、お前もここ座って休め」
小十郎がやや不機嫌な口調で言うと、蔦ははい、と言って小十郎の示した彼のすぐ隣へ座った。
「お前、湯飲みはどうした」
「……」
蔦は片手に急須を持ったままあたりを見回した。
「あら、ひとつ足りなかったみたいですね」
小首を傾げて言う蔦に、小十郎は思わず眉をあげた。
「お前にしちゃ珍しいな」
言ったあと、小十郎はぐっと自分の残りの茶を飲み干すとそれを蔦に突き出した。
「喉が渇いて倒れられても困る、ほら」
蔦はしばし戸惑いを見せたが、その手から急須を奪って代わりとばかりに湯飲みを押し付ければ苦笑してそれを受け取る。
自分でやりますから、という彼女を無視して湯飲みへと茶の小さな滝を作る。
注ぎ終われば苦笑しつつ蔦は、いただきます、と言って湯飲みへ口をつけた。
それに満足して小十郎はおはぎを頬張る。
そよ、と心地いい風が吹いた。その風に小十郎が思わず言う。
「――いい天気だ」
「はい」
傍らの蔦は短く受けた。それを見て早々におはぎを食べ終わって漬物を頬張る孫兵衛の横で、誰かが言った。
「いいなぁ、オレも早く嫁さんがほしい」
日が傾いてきてその日の作業は終わった。蔦がいくつかとれた野菜を老爺と部下たちに渡して、残りを持参したざるへ載せる。そしておはぎの入っていた籠には使い終わった急須と湯飲みを入れる。
「それでは皆さまありがとうございました」
綺麗に礼をする蔦に部下四人が赤くなる。
「いえっ、おはぎいただきましたし!」
「おいしかったです!」
「蔦さま、……と片倉様のお役に立てたなら幸いで!」
「また次もなんなりと!」
口々に言う部下たちに、
――やはり蔦が目当てだったか。
と思い、小十郎はその傍らに歩み寄った。
「おい、ほら籠よこせ」
「え?」
蔦が答える前に小十郎は籠を蔦から取り上げていた。
「野菜のせたざると割れ物入れた籠持って両手ふさいで、こけたらどうする気だ。
……お前ら、助かった。じいさまとお鈴も気をつけて帰れよ」
そう言うと小十郎はくるりと踵を返した。あわててそれを蔦が追う。
それを見ながら、部下たちが言う。
「片倉様の新しい一面を見た気がする……」
「ああ、なーんか、親しみがわいたな」
「ほのぼのするねぇ」
「普段鬼みてえなのにな」
そんな若者たちの言葉を聞き、小十郎と蔦の後ろ姿を見送りながら老爺は思う。
――お変りになられた。
と。
小十郎がまだ祝言を挙げる前のこと、畑の指南をしてきてほしいと言ってきた彼に老爺は
――なんとまぁ何か思いつめたところのあるお武家さまだ。
と思ったものである。それが何だったか老爺にはよくわからなかったが、とにかく礼儀正しくはあるが近づきがたかったことだけは良く覚えている。
それが変わったのは、片倉様が嫁を貰われた、と聞いてしばらくたったころだったか。
――よく微笑まれるようになった。
言葉は相変わらずどこかぶっきらぼうだったが、雰囲気が変わった。それは老爺にとっては大変に喜ばしい変化であった。身分が上とはいえ、せっかくの若いものがあれでは、と少し気になっていたのである。そして心細やかな気遣いをしてくれる蔦に、老爺はただただ納得したのである。
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